北海道一周、自転車で走ったよ!?
2010年夏、苫小牧をスタートしました。さて、結末はいかに? 紀行エッセイです。
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2010年8月17日(火) え?札幌?今さら札幌?なんでまた行くの? (美瑛―富良野 56km)
午前四時起床。考えてみれば、三日ぶりにいつもの起床時間。うーん、なんかしっくりくる。どうやらわたしには早起きが合っているよう。
寝袋から這い出す。出発の準備をし終え、少年のテントに行く。しかし、物音一つしない。なんだ、まだ寝ているのか。ケータイを見る。時刻は六時過ぎ。わたしとしてはもう出発したいところではありますが。
少年を起こそうか。一瞬そう思ったが、熟睡中だったら悪いなあ、と思い直す。こう見えても意外と気ぃ遣いなんです。
テントの周りをウロウロする。軽くテントをつついてみる。気づいて起きてこないかなあ。でも反応なし。
「もう、早く起きろよ」そんな声をかけるほど図々しくも勇気もないので、代わりに「起きろ。起きろ」と心の中で念じる。でも反応なし。
ふたたびケータイを見る。時刻は六時半だった。
はーっ。もうだめ。ギブアップ。これ以上は待てない。
諦めて、少年を起こすことに。テントをこれ以上ないくらい揺らしてみる。わたし、気ぃ遣いと言いながら、やる時はやるのです。
「もう起きていますよ」テントの中からちょっと眠そうな声が聞こえてきた。
なーんだ、もう起きていたのかよ。
「何時に出発する?」当然、すぐに出発するだろうという答えを期待して訊いてみた。
「えーと、十時頃ですかねぇ」テントから顔を覗かせた少年は目をこすりながら答えた。
ええ!十時?だって、まだ六時半だぜ。十時っていったら後三時間以上もあるじゃんかよ。ねぇねぇ、いくらなんでも十時っていうのは遅すぎやしないかい。
しかし、そんなわたしの心の声なんか聞こえるわけもなく、少年はさらに言葉をつなげてくる。
「昨日はよく眠れなかったんですよー」
あー、そうなのか。そういうことなのか。
「早く出発しようぜ」喉元まで出かかったその言葉が、それを聞いた途端、喉の奥へと引っ込む。
しょうがないよなあ。そういうことなら。さすがに寝不足の人間に早く行こうとは言えない。わたしだってそこまでひどい人間じゃない。
まあでも、そうすると十時まで待たないといけないんだよね。うーん、困ったなあ。
わたしが待てばいいだけの話なのであるが、残念なことに、わたしは待つということが何よりも苦手な人間なのである。
はーっ。十時か・・・。一時間くらいならいいが、さすがに三時間以上待つとなると……。
結論。誠に残念ではありますが、少年とはここでお別れをすることに。
まー、いっか。どっちみち一緒にいられるのは今日一日だけだし。少年は引き続きこのまま北海道を走るが、わたしは一応、今日で終了なのです。
でも、寂しいよなあ。なんだかんだいってけっこう一緒にいたわけだし。
とはいえ、別れはいつか来るもの。それが早いか遅いかの違いだけ。そう自分に言い聞かせる。
正直、少年にはとてもお世話になった。というか、少年と一緒に過ごしたおかげで今回の旅は楽しくなった。これは間違いのないところ。
テントの中の少年と固く握手を交わす。「ほんと、ありがとなー」そう言い残して、自転車に跨り、漕ぎ始める。後ろは振り返らない。少年の顔を見てしまうと泣いてしまうと思ったからだ。前だけをじっと見てペダルを回す。キャンプ場を出る。とたんに眼の中が潤む。鼻水も出そうになる。胸も苦しい。はーっ。思わずため息。
「ありがとう」
ゆっくりと自転車を漕ぎながら、心の中に映った少年にもう一度深く礼を言った。

一人になった寂しさをかき消すかのように一心不乱に坂を上る。ふと顔を上げる。おお、すごい。そこには絵に描いたような青空が広がっていた。いやー、気持ちいいねー。おかげで沈んでいたテンションがやや持ち直す。続いて横に目をやる。わーお。すげー。なんと木々の間から幾筋もの光が矢のように放たれていたのだ。こりゃすごい。神々しいにもほどがあるぜ。心なしか回す足も軽くなったよう。
あっ、そうだ。一応、これからのルートを確認しておこう。自転車を道の脇に停め、地図で富良野へと抜けるルートを調べる。
うわ!マジかよー。なんとここからけっこうな上り坂が続くようなのだ。
おいおい、なんだよー。当分上りかよー。せっかくいい気分で上っていたのにー。さっきまで上がっていたテンションも一気に急降下。徐々にどんよりしたものが心の中に広がっていく。
なんか上る気しねー。とたんに不機嫌になるわたし。まるで子供である。
まあでも、仕方ない。しっかり現実を受け止めて、地道に上っていくしかないよね。これは人生と同じだ。などと大げさなことを考えたりする。
視線を落とし、一つ一つ確実にペダルを回していく。三キロほど上っただろうか、前方に目をやると、突如、道が切れていた。のではなく、そう見えただけ。どうもその先は道が下っている模様。
あれ?もう下り?おかしいよなあ。地図によればまだしばらくは上りが続くはず。でも、道は下っている。もしかして道、間違えたか?そんな不安が徐々に心の中に広がっていく。
あっ、そっか。わかった。きっと、少し下って、またすぐに上りになるのだろう。きっとそうだ。そう思い、下っていく。でも、坂は一向に上りになる気配はなく、むしろ急に。
おいおい、大丈夫か。間違っているんじゃないか。そうは思うが、同時に楽しい気持ちも湧き起こっていた。スピードが出ていて気持ちいいのだ。
うわー、なんかすげーおもしれー。道が間違っているかなんてどうでもよくなってきた。気がつけばタイヤがものすごい勢いで回っている。チラっとサイコンを見る。フンギャ。なんといつの間にか時速は五十キロオーバー。楽しい。というよりコワイかも。とも思うのだがこのスリルには勝てない。ここでコケたら間違いなく死ぬだろう。そうは思ってもブレーキはかけない。だって面白いんだもん。死んだらその時まで、と自分に言い聞かせる。自転車はさらに加速。ふたたびサイコンを見る。ぎょえー。なんと六十四キロを表示。おー、わが自転車人生で最高記録を更新。
道はほどなくして緩やかな下り坂に。少し走ると、いつしか三叉路になった。
おもむろに自転車を停める。ええっと、どっちに行けばいいのだ?そうなんです。道に迷っちゃったんです。
あー、困った。全然わからんわ。とりあえず地図を取り出して確認。しかし、上下左右どこをどう見ようとわからない。
うーん、どうしよう。頭を抱え込むわたし。すると、目の前から一人の年配の女性が歩いてきた。
おお、ラッキー。ツイてる。よし、この人に訊こう。早速、その女性を捕まえて富良野へ抜ける道を訊いてみる。ふむふむ。なるほど。右の道へ行けばいいわけだね。
あぶね、あぶね。訊いてよかったわ。実はわたし、違う道を行こうとしたのですよ。
女性にお礼を言い、教えてもらった道を行く。いくつか小さなアップダウンを過ぎると、道はゆるやかな下り坂に。そのまましばらく走ると、目の前が開け、小さな町並が見えてきた。

薄く朝もやがかかった街中を軽く流す。案内標識に上富良野駅と出ていたのでなんとなく寄ってみることに。
駅前に自転車を停め、トイレに行く。トイレから戻り、ガイドックを眺めていると、ふとあるところに目が留まった。なんでもこの近くにラベンダー発祥の地と言われている日の出公園というものがあるらしい。しかもそこではラベンダーの花が一面に広がっていて素晴らしい景色が見えるそうなのです。
ほー、そうなんですか。それは知りませんでした。それじゃあ寄ってみますか。富良野っていったらラベンダーだしね。
しばらく走り、日の出公園の麓に到着。駐車場に自転車を停め、小高い丘にある公園へ。どんだけすごいんだろうと期待に胸を膨らませて階段を駆け上がった。
わーお。見事にラベンダーは終わっていました。
「七月中旬が見頃」ガイドブックにはそう書いてあったが、一ヶ月くらいは大丈夫だろうと思って来てみた。でも、甘かった。ラベンダーのラの字もなかった。
まあ、いいけどね。どうせ花になんか興味がないし。公園のベンチに腰を下ろし、再びガイドブックに目をやると、ある箇所に目が留まった。なんでもここから少し行ったところに、これまたラベンダーで有名なファーム富田というものがあるらしいのだ。
行ってみますか。やっぱりできれば見たいというのが本音。すいません、さっき興味がないと言ったのは強がりです。
とはいえ、ここ同様、咲いていないかもしれない。いや、待て待て。もしかしたらなにかの間違いで咲いているなんてことも・・・・・・。
そんなことありませんでした。行ってみたら見事にここも全滅。咲いているはずの場所には気持ちのいいくらいの枯れ草が広がっていた。
仕方ないので他の花を見て慰めることに。まあね、綺麗っちゃ綺麗だけどね。でもね、やっぱりラベンダーが見たかったよ、わたしは。
ところで、ここで驚いたことがあった。やたらめったら中国人が多いのだ。歩いていても聞こえてくるのは中国語ばかり。ファーファーファーファー(そう聞こえる)。うるさいったらありゃしない。九対一くらいの割合で中国人が多いのでは。「ここは中国か?」そう錯覚してしまうほどなのだ。
函館山に続き、ここ富良野も中国人に侵略されているのか。個人的に恨みもなにもないが、さすがにこんだけ多いとちょっとゲンナリする(後で知るのだが、なんでも中国では北海道を舞台にした映画が大ヒットしたそう。それで中国人が大挙して押し寄せて来てるわけですな)。

ファーム富田を後にし、トコトコ走っていると、大学の自転車サークルと思しき集団とすれ違った。
今日走っていて一番驚いたのが、こういった集団を多く見かけたこと。
今までなら一日一組見かければいい方だった。しかし今日はまだ昼前だというのに、すでに五組ほど目にしている。それこそ信号待ちをしていると、あちらこちらから湧いてくるから驚いた。
うーん、富良野は自転車サークルの聖地かなんなのか。謎である。
なんてことを思っていると、またしてもそれらしき集団がわたしの前に現れた。ゆるやかなカーブに差し掛かったところですばやくチェック。男性三人女性二人の集団だ。自然と彼らの後方について走る形に。しばらく走っていると、ふとあることに気がつく。
なんかこの人たち、さっきも見たような気がするんだけど、気のせい・・・・・・?いや、違う。たしかに見た。間違いない。しかもこれで三回目だ。男性の方はまったく記憶にないが、女性の顔は網膜に焼きつくくらいはっきり覚えている。
話しかけようかどうか迷う。
いやね、一人で走っているなら問題ないのですが、集団だと、なんかこう内輪だけで世界が出来上がっていて、こっちが話しかけてもあまり話に乗ってこないのではないか。そんな気がするんですよ。
「こんにちは!」と声をかける。すると不審者を見るような顔で「は・・・?」という言葉が返ってきた。
なんてことにでもなったら、しばらくショックで立ち直れないだろうなあ。
でもなぁ・・・。一度や二度ならまだしも、三回も会うっていうことはこれもなにかの縁(そう思いたい)。それに向こうだって、わたしの顔を覚えているだろうし。このまま無言で追い越していくのもなにか失礼なことをしているようで気が引ける。
じゃあ、声をかけてみる?
いやでも、どうだろう・・・素っ気ない態度をされたらやはりショックだし・・・。
うーん、困った。話しかけてちゃんと言葉を返してくれればいいのだが、そうしてくれるという保証はどこにもない。かといって無言で通り過ぎるのはやはり悪い気がする。
なにか考えているだけで疲れてきた。うーん、どうすればいいのかわたしは・・・。
どうだっていいよ、そんなこと。
そう、どうでもいいのである。相手からしたらそんなこと、どうでもいいのである。だいたい人間なんて一番関心があるのは自分のこと。他人のことなんて大して気にしちゃいない。
それはよくわかっている。頭ではそうだとわかっている。言葉でもちゃんとこうやって言い表せることができる。しかし、そこまでわかっていても、わたしは普段からこんなどうでもいいことを深く考えてしまう。
まったくやっかいな自分、である。
えーい、もうどっちでもいいや。話しかけようが、黙って通り過ぎようが大差ない。それだったら話しかけてみよう。無視されたらその時はその時だ。
わたしは意を決し、一番後ろを走っていた青年に声をかけた。
「こんにちは。大学のサークルかなんかで来ているんですか?」
「はい、そうです!静岡の大学です!」
考え過ぎでした。実に礼儀正しい学生でした。
なにかこのまま話に付きあってくれそうな感じだったので、しばらく並走して話をすることに。
ところで部員ってどのくらいいるの?
「全部で五十人ほどですかね」
ウッソー!マジで?五十人も!驚いた。まさか今のこの時代、自転車でツーリングする若者がこんなに多いとは!
それにしてもだ、自転車っていつのまにそんなに人気が出ていたんだ?そう思ったが、すぐに思い直す。
というのも、近頃、都市部を中心に自転車ブームが起こっており、職場や学校に自転車で通う自転車ツーキニストなるものが大量増殖しているということを、以前テレビや雑誌で目にしたことがあったからだ。
なんだよねー。今、自転車って人気があるんだよねー。ちなみに現在は、九十年代に流行ったごついマウンテンバイクではなく、スピードの出るロードバイクが人気だそう。なんでもあのフォルムがカッコイイらしい。

このまま真っ直ぐ行くと言う彼らと別れ、ワインの製造工程などが見学できる「ワインハウス」へ向かう。
はじめは「ワインハウス」に寄るつもりはまったくなかった。そのまま富良野を走りきってしまう予定だった。しかし、ガイドブックの「ワイン試飲できます」との文字を見たら気が変わった。
試飲。そう、つまりタダ飲みである。
とくに酒好きでもなんでもないわたしであるが、タダと聞いたらこりゃなんとしても行かなきゃならん。タダを目の前にして通り過ぎるわけにはいかない。
来た道を少し戻る形で山側の道へと入る。十分ほど走ると、こげ茶色したレンガ造りの建物が見えてきた。おそらくこれが「ワインハウス」だろう。よし、もうすぐワインが飲めるぞ。心なしかハンドルを握る手にも力がこもる。ところが、そんなわたしを嘲笑うかのように、突如、急な上り坂が現れた。
うわっ、マジかよ。見上げると、「ワインハウス」まで残り五百メートルほど。
くそー、なんなんだこの坂は。なんで後もう少しなのにこんな急な坂を作ったのか。そう簡単にワインを飲ませないということなのか。意図がわからん。
とにかくこれを乗り越えないとワインは飲めない。がんばる。脚に力をこめてペダルを漕ぐ。が、ダメ。半分も上らないうちに力尽きた。
結局、自転車を降り、そのまま押して上ることに。ぜーぜー言いながらなんとか到着。
自転車を駐車場の脇に停め、「ワイン、ワイン」と呪文のように唱えながら建物に駆け寄る。「順路→」と書かれたプレートのとおりに地下へ降りていく。降りきったところで辺りを見渡す。が、試飲コーナーらしきものはどこにも見当たらない。
え?なんで?なんでないの?そう思いながら歩を進めるが、目につくのは、たくさんの古びた樽や瓶、細かい文字でびっしり書かれた説明パネルばかり。
なるほど、そういうことか。少し考えたら、合点がいった。おそらく試飲だけが独立してあるのではなく、見学コースの一環としてそれが組み込まれているのだろう。つまり、こうしたワインについての展示物やパネルを見ないと試飲ができない、きっとそういうシステムなのだ。
このままスルーしちゃおっかなあ。
とっさに思った。いや、でもなあ。そうすると周りの人はわたしのことをどう思うだろう。
「いやねー、あの人。まったく見ないでそのまま通り過ぎていくつもりよ。きっと試飲が目当てなんだわ」
そう思うのではなかろうか。
うーん、困る。それは困る。まさにそのとおりだけに、逆にそう思われたくない。でも、こんなところはさっさと通り過ぎたい。一刻も早くワインが飲みたい。だって、ワインを飲むために来たんだし。とはいえ、やはり変な目で見られたくはない。
うーん、どうすれば……。
またしてもどうでもいいことに引っかかるわたし。何もしていないのにどっと疲れが出る。まったくもー、またこのパターンかよ。われながらほんと嫌になる。
ま、いいや。とりあえず形だけでもパネルを読んだことにしておこう。そうすれば周りの人もわたしのことを見逃してくれるだろう。そう思い、すぐそばにあるパネルに目をやる。が、一行で挫折。まじめくさったことが書いてあって全然面白くないのである。
ふんっ。もういいや。どう思われようと構うもんか。結局、そのまま通り過ぎることにした。
とはいえ、正直気になる。周りはわたしのことをどう思っていたのだろう。やはり試飲目当ての人だと思ったのだろうか。
「順路→」に従い、一階を見学、続いて二階へと上がる。
あった。ワインがあった。試飲できるワイン樽がそこにはあった。しかも気前よく赤、白、ロゼの三つだ。
わーお。一気にテンションが上がる。おれはこれを待っていたんだぜ。すぐにワインを頂く。当然、三種類。おいちー。でも、どうおいしいのかなんて訊かないで。人に語れるほどワインは飲んだことがないのよ。
隣には、ぶどうジュースの試飲コーナーもあった。当然、こちらも頂く。
うわっ。うまっ。なんだよこれ。メチャクチャうまいじゃん。一口飲んだら、ぶどうが口の中ではじけた。味が濃いというか、中身がつまっているというか。まったく加工されている感じがしないのだ。横を見ると、「百パーセント絞りたて。防腐剤が一切入っておりません」と書いてあった。そうなのだ。こっちが本物、本当の味なのだ。
今までわたしは、ぶどうジュースといえばスーパーなどで売っているものしか飲んだことがなかった。自分の中ではその味がぶどうジュースという認識だった。でも、違った。今まで飲んできたのは全部ニセモノ。本物はこっち、これなのだ。
すいません、ちょっと興奮してしまいました。

「ワインハウス」を後にし、富良野駅へと向かう。富良野から札幌まで輪行しようという計画なのである。
え?札幌?今さら札幌?なんでまた?
そう思ったそこのあなた。あーあ、野暮なことを訊いちゃったね。
実はですね。ほら、はじめて札幌に行った時があったじゃない。その時、観光案内所のスタッフに宮崎あおいに似た人がいたっていうのを覚えている?そう、わたしがほのかに恋心を抱いた人。その人に自分の思いを告げに行こうかなあと思っているのですよ。
えー!っていうことはなに?告白?え?マジ?…・・・でも、大丈夫?
・・・・・・うーん、どうなんでしょう。うまくいくかどうかはわからないです。というか、結果は二の次というか。まあ、どうでもいいんですよね、ある意味。
ただ、自分の思いを言いたいだけなんですよ。正直、その後のことは考えていないです。
なーんて言っても、うまくいくことに越したことはない。でも、うまくいったらどうなるんだろう。そうしたらやっぱり遠距離恋愛になるのかなあ。でも、そんなことおれにできるのか。遠距離恋愛ってしたことないし。それに北海道はあまりにも遠い。そうなると、しばらくはメールのやりとりになるのか。それで三ヶ月に一回ぐらい会ったりしてね。
まだ結果も出てないうちにあれこれ考える。想像だけなら無限大。
ところで、問題なのは彼女に会えるかどうかということ。観光案内所が開いているのがおそらく午後四時まで。ちなみに今は、午前十一時を少し過ぎたところ。そうすると残り後五時間。さて間に合うのか?駅員に訊いてみる。
「すいません。札幌まで行きたいんですけど。次の電車は何時ですかね」
「えーと、ちょっと待ってください」駅員が時刻表に目を落とす。「十一時四十分になりますね」
おお、ツイてるじゃん。輪行にかかる時間も入れればちょうどいい時間だ。しかも札幌まで三時間ほどで行けるとのこと。とすると、遅くても三時前には着ける。ということはつまり・・・・・・そう、彼女に会える。
「会える」、そう思っただけで気分が高揚してきた。なんだか猛烈な追い風が吹いてきたのではないか、恋愛の神様に好かれているのではないか、そんな気がしてきた。もしかしてこのままトントン拍子でいっちゃう?いや、いっちゃうんじゃない?
逸る気持ちを抑え、電車に乗り込む。滝川、岩見沢で乗り換え、札幌に着いたのは午後二時四十四分だった。
よし、充分間に合う。ゆっくり話もできる。いやがおうがうえにも気持ちが高まる。
うおー、早く会いたいぜー。自転車を組み立てる手にも自然と熱がこもる。「はやく、はやく」と声が漏れる。
「おー、自転車かね」
突然、頭上から声が降ってきた。見上げると、一人のおっちゃんが関西弁で何か言っている。あー、もー、こんな急いでいる時にー。なんなんだよー。いや、暇な時なら全然いいんだけど、今はちょっと忙しいんですよ。
とはいっても、無下にするのも悪いので、一応相手をする。「バスで北海道を周っている」なんてことを言っていたが、詳しいことは覚えていない。だってこっちはそれどころじゃないんだもん。
無事組み立て終了。おっちゃんはまだ話をしていたそうだったが、そこまで相手をするほど人はよくない。おっちゃんを置いて、すぐ先の大通り公園へ向かう。「はやく、はやく」ふたたび声が漏れる。
目当ての観光案内所が見えてきた。とたんにドキドキ。心臓バクバク。いやー、緊張するなあ。
「好きなんです」
さすがにいきなりそんなことを言う勇気はないので、ちょっと斜めの方向から距離を置いて中を覗いてみる。
いた。人がいた。彼女がいた。しかし、横を向いているため顔がいまいちよく見えない。わかるのは髪形くらいだ。ちなみにストレート。
あれ?違った。彼女じゃなかった。
言うのを忘れていましたが、彼女はパーマをかけているのです。
そうだった。ほかにもスタッフがいるんだった。彼女に会える嬉しさのあまり、そのことをすっかり忘れていた。
あーあ。がっかり。
とはいっても、ここにじっとしていても仕方ない。もしかしたら奥にいるかもしれないし。
意を決して、中に入ることに。そこにいたのは、札幌初日に会った人。しかもいたのはその人一人だけ。どうやらあの人はいないよう。
「おひさしぶりでーす」なんて声をかけてみる。彼女もわたしのことを覚えていたらしく、「あっ、どうも」と言葉を返してきた。
早速、目当ての彼女がいつ出勤してくるか訊いてみる。
「あのー、小柄で、ゆるくパーマをかけた女性がいると思うんですけど。その人って今度いつ出てきますかね?」
一瞬、彼女の顔が強張ったような気がした。もしかして、わたしのことを不審者だと思ったのではないだろうか。そりゃ思うわな。
「スタッフは他にも何人かいるんですけど、いつ出勤してくるかわからないんです。明日もまだ決まっていないんですよ」彼女は少し申し訳なさそうな顔(おそらく演技)でわたしの質問に答えた。
ええ!そうなの?おいおい、マジかよ。
仮に明日出てくるとわかっていれば、このまま札幌に泊まって明日彼女に会うこともできる。明日じゃなくてもいつ出てくるのかさえわかればそれに合わせて札幌にまた来ることもできる。しかし、いつ出てくるかわからないんじゃ話にならない。いつ来るかわからない人を待つ。さすがにそこまではできない。
というか、そんなことってあるのか?なんかおかしくないかい。だって明日出るかどうかもまだ決まっていないなんてそんなことあり得ないだろう。普通、こういうのってシフトとしてあらかじめ組んであるもんじゃないの。
などと、ありとあらゆる疑念が湧いてきたが、さすがに口に出してまでは言えない。そう言われたら、こっちもそれ以上は訊けない。というより、わたしを見つめる彼女の顔がちょっとコワかったんです。早い話、ちょっとビビッちゃったんですね。
あーあ、終わった…。終わってしまった。
一気にテンションが下がった。力が抜けた。頭も心もからっぽになった。
まあでも、こればっかりはしょうがないね。だって言える相手がいないんだもん。
彼女に思いを伝えられなかったというのは心残りだが、こればっかりは仕方ない。きっと縁がなかったということなんでしょう。そう思って諦めることにした。
自転車に乗る元気がないので、押して歩く。自然と視線が下に落ちる。途中、首が痛くなったので頭を上げると、灰色の雲が薄く空にかかっていた。もしかしたら小雨ぐらい降るかもな。ふとそんなことを思う。吹いてくる風が心なしか冷たく感じられた。

サンクスでカップ焼きそばを買って、ヤケクソ気味に口の中へかきこむ。人ごみをかきわけ、札幌駅に戻ってきた時は午後四時半前だった。
ちなみに、この頃にはほとんど気分が回復していた。いつまでも考えていても仕方ない。自分が疲れるだけだ。そう割り切れるようになったのだ。
さて、これからどうするべ。なんて言いながら実はもう考えてあります。ほら、苫小牧で出会ったSさんっているじゃない。そう、飲みや食事をごちそうしてもらったあのSさん。そのSさんに北海道を離れる前に今一度会おうかなあと思っているのです。
またまた。そんなこと言っちゃって。また図々しくおごってもらおうなんて考えているじゃないの?
ありゃ。なんでわかったの?すいません、ちょっとは考えております。
早速、SさんにTEL。すると、「夜にバドミントンをやるので六時半前までには苫小牧に来て欲しい」とのこと。ちなみに札幌から苫小牧までは一時間ちょっとかかる。
構内に入り、苫小牧行きの電車を確認。十七時二分発というのがギリギリ間に合う電車だった。
うわっ。マジかい。後、三十分しかないじゃん。途端に焦りだしたわたしは、外に出て、すぐさま自転車をバラし始めた。
キャリアとフレームを留めてあるネジを外し、地面に置く。続いて、ブレーキワイヤーを外していると、わたしのすぐ脇を三、四歳くらいの女の子が物珍しそうな顔で通りすぎていった。よっぽど自転車がバラバラになっていくのが面白かったのかなんなのか。
おっと、そんなことを考えている場合ではない。急がないと。今度は、さっき外したネジをフレームにはめる。
と思ったらそのネジがない。
え?なんで?なんでないの?おいおい、マジかよ。こりゃ大変だ。キャリアがつけられないと荷物が運べなくなるじゃないか。まったく、なんてこったい。とたんに頭に血がのぼる。体が熱くなる。
おーい、ネジはどこだ、どこなのよー。
しかし、どこにも見当たらず。うわっ、マジかよ。なんでまた、こんな時間のないときに限ってなくなるんだよー。
とにかく落ち着け。冷静になるんだ。必死に自分に言い聞かせる。心を止めて頭を働かす。しばらくして、あることに気がついた。
たしか、あの女の子が通ったところにネジを置いたはず。もしや……さっきの女の子……そうだ。そうに違いない。きっと、あの子が蹴っ飛ばしたんだ!うーっ、再びなんてこったい。
すぐさま地面を這いつくばって探す。が、見当たらない。さらに視線を下げる。顔が地面にくっつきそう。ほとんど土下座状態。たくさんの人がわたしを見ながら通り過ぎていく。うわっ、メチャクチャ恥ずかしい。しかし、そんなことは言ってられない。今は死ぬほどネジが大事。
時間は刻々と過ぎていく。ぶれている精神を集中させる。さっきまでぼやけていた目の焦点が合わさる。じっと目を凝らし、地面をさらうように見る。少しずつ目玉を動かしていくと、ある一点で止まった。
あった。ネジがあった。女の子が通った先にそれはあった。
よっしゃー。嬉しさがこみ上げてくる。一気にホッとした。
いや、待て。安心するのは後だ。こうしている間にも無数の足がネジのそばを行き交っている。また誰かが蹴っ飛ばすとも限らない。
絶対逃すもんか。ネジ目がけて猛然とダッシュ。わたしの勢いに気圧されたのか、一瞬、周りの人が道を開けた。ような気がした。すぐさまネジを拾い上げ、フレームにはめる。ようやくこれで一安心。それにしても、予想外に時間をロスしてしまった。
すぐさま次の作業にとりかかる。前後のタイヤを外し、フレームと一緒に輪行袋に突っ込む。しかし、テキトーに入れたためかファスナーがきっちり閉まらない。無理矢理引っ張るがそれでも閉まらない。うわっ。どうしよう。えーい、もういい。そんなのどうでもいい。後でいい。そういえば時間は?すぐさまケータイを取り出し、目をやる。そこには「16:56」という液晶表示があった。
うわっ。後六分しかないじゃん。こりゃ焦る。「急げ、急げ」自分に声をかける。いつもとは違ったいびつな輪行袋を抱え、欽ちゃん走りで構内を移動。券売機の前で、苫小牧までの料金を確認。と思ったが、時間が惜しいのですぐさま初乗り運賃百六十円のボタンを押す。切符を手に持ち、急いで改札を通り抜ける。しかし、自転車が柵に引っかかって前に進めない。くーっ。三たびなんてこったい。気を鎮め、自転車を横に向けなんとか通過。前方には階段が見える。エスカレーターは?視線を横にずらす。しかしない。くそーっ。ツイてない。仕方がないので階段に向かう。急いでいるため、一段上がるたびに自転車が階段にぶつかる。うーっ、傷がつくー。息を切らし、階段を上がる。視線を上にやると、電車が見えた。よし、間に合うぞ。ふたたびダッシュ。ラストスパートをかけ、勢いよく電車に駆け込んだ。
ところで時間は?ケータイで時刻を確認すると、そこには「17:01」の液晶文字が。
うわっ、一分前じゃん。あぶねー。
とにもかくにも間に合った。ようやくこの時になってホッと一息つくことができた。
ドアの手摺りに輪行袋のストラップをくくりつける。その横にザックとバックを置く。息を整え、車内を見回す。スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生が多い。立っている人もちらほら。思ったより混んでいる。
壁にもたれかかり、今度は車窓に目をやる。電車のスピードが上がるにつれ、流れる景色の速度が上がっていく。空はいつの間にか明るさを取り戻していた。

一時間ほどして、苫小牧駅の一つ手前、沼ノ端駅に到着。ホームに降り、エレベーターで二階に上がると、改札の向こう側にSさんの姿が見えた。
おお、久しぶりです!えーと、二日ぶり、いや四日ぶりですか。なんだか会ったのがつい最近という感じがしますね。
車に乗り、Sさんのアパートへ。しばらくすると、Sさんのお仲間が迎えにきた。一緒に近くにある体育館へ向かう。
体育館に着くと、すでにラケットを手にした人が十人ほどいた。三つのコートに分かれて試合が始まる。わたしはコートの後ろに座って見学。
それにしてもみなさん、とってもお上手。バドミントンといったら子供がやるお遊び、そんなイメージがあったのが、これが始まってみたらとんでもなかった。もの凄いスピードでシャトルが飛び交っているのである。しかもつまらないイージーミスなど一つもない。目の前に繰り広げられているのは紛れもない真剣なバトルなのだ。
もしなんだったらわたしも混ぜてもらおうか。来る前はそんなことを考えていた。でもこれを見たら一瞬にして腰が引けた。とてもじゃないがわたしなんかお呼びじゃないのです。
途中から、小学生の女の子が加わってきた。これがまた上手いのなんのって。実に綺麗なフォームでパーン、パーンと相手コートに打ち返していく。わたしなんか十人束になっても敵いっこない。
しかし、Sさんに言わせれば、そんな彼女にもまだまだ欠点が目につくとのこと。わたしからすればめちゃくちゃ上手いと思うのだが、やはりレベルの高い人は見るところが違うんでしょうね。
二時間ほどで終了。みなさん、いい汗をかいたせいか、スッキリした顔をしていた。
それにしてもこの蒸し暑い中、よくやれますね。なんか尊敬しますわ。わたしなんか見ているだけなのに汗が噴き出してきましたよ。
でもそういえば、と少し思い直す。わたしだって連日暑い中、自転車で走ってきたんだ。周りから見れば、ちょっと普通じゃないだろう。まあ、好きなことなら一生懸命やれるということなんだろうね。
Sさんのアパートに戻る。シャワーを浴びさせてもらい上がると、ビールとおつまみが出てきた。
わーお。またしても飲みですか。すみませんね、気を遣ってもらって。でも、今日は外に行かないの?また、地上のパラダイスに行きたいなあ。なんて思ったりして。図々しくてすいません。
「この後、どうするの?北海道を発つの?」Sさんに訊かれた。
そうですねぇ、正直走りたいところは走ったしなあ。まあ、行きたいところはないわけでもないんですけどね。たとえば阿寒湖とか三国峠とか。でも、今さら行くのもメンドクサイし。というか、そこまで行く気力がもはや残ってないのです。どうやら一周したということで、満足しちゃったみたいです。
いよいよ北海道も潮時のよう。明日一日、苫小牧でゆっくりして、明後日帰ろうかと思います。
その後、少しディープな話をし、十二時消灯。今日もSさんのお宅に泊まらせていただいた。ありがたい。
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2010年8月16日(月) 少年はいけない飲み物を購入 (旭川―美瑛 45km)
朝方、土砂降りの雨で目が覚める。あちゃー、今日はやっぱりダメか。あーあ、参ったなあ。ケータイを見ると、午前三時前。起きるにはまだ早い。ま、心配しても仕方ない。もう少し寝るか。
午前四時半、再び目が覚める。目の前の道路にはいくつかの水溜りがある。天気はどうかな?空を見上げる。雲は出ているが、どうやら雨は降っていない。所々には青空も見える。
よっしゃー。これなら行けそうだ。そう、こんなところで停滞なんかしてられないのです。一応、少年に「今出る」とメールを打ち、午前五時半出発。少年とは美瑛の道の駅で落ち合うことにした。
再び空を見上げる。雲がいくつかポツポツと浮かんではいるが、雨は降りそうにはない。よし、大丈夫だ。
しばらく走ると、右手に一軒のライダーハウスが目に入った。おや、もしかしたらここって、少年が泊まっているところじゃない?看板を見る。やはりそうだ。昨日、少年から聞いた名前が書かれてあった。まだいるのか?そっと敷地内に入りこみ、少年の自転車を探す。
数台のオートバイが停まっているところを重点的に探す。が、見当たらない。大型や中型のオートバイならあるのだが、自転車はどこにもない。もしかしてもう出発したか?と思っていたら、ありました、ありました。少年の自転車は、オートバイの中に埋もれるように奥の方に立てかけてあった。
少年を呼び出そうと思い、電話をかける。が、虚しく呼び出し音が遠くに響くだけで、その音が途切れることはなかった。
あーあ、まだ寝ているのか。諦めて通話ボタンを押して電話を切る。仕方ない、外で待ちますか。
ズラリと並んでいるいかにも高そうなオートバイを眺めながら、いくらぐらいするんだろう、などと考えていると、ライダーハウスの中からバイカーらしき人たちが続々と現れた。少年も一緒に出てくるかなあと思い、一人一人の顔をチェックするが、結局、見覚えのある顔は現れなかった。
どうやらまだのよう。仕方ない、もう少し待つか。少年を待つ間、バイカーさんたちとおしゃべりをすることに。
三十分経過。少年の姿は現れない。
遅い。遅すぎる。おーい、いい加減出て来いよー。いくらなんでも寝すぎだろう。
実はですね、この頃になるとちょっと居辛くなってきたのですよ。だってわたし、泊り客じゃないんですよ。それなのにずっとここにいるのも悪いじゃないですか。図々しいじゃないですか。こう見えてもわたし、けっこうそういうことを気にするタイプなんです。
まあいいや。少年とは当初の予定通り道の駅で落ち合えばいい。
「わたし、そろそろ行きますわ」みなさんに告げ、立ち去ろうとすると、途中から話に加わっていたオーナーさんが、「コーヒーでも飲んでいけよ」とわたしをお茶に誘ってくれた。
わーお。嬉しい。嬉しいです。とっても嬉しいです。
でもなあ・・・明らかに部外者のわたしがご馳走になるのはやっぱり図々しいよなあ。少し逡巡した結果、やはり遠慮することに。
「いいから飲んでいけよ」わたしを見据えながらオーナーさんは言った。それを聞いたわたし、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「はい!喜んで!」
あーあ、恥ずかしいったらありゃしない。おれ、完全にビビッているやないかい。
でもね、これは仕方ないのよ。いやね、実はこのオーナー、強面でガタイがいいのです。「実はおれ、堅気じゃないんだよ」そう言われても、ちっとも疑わないような風貌なんです。
そんな人に言われたら誰だってビビるでしょ。しかもさっきの声、心なしかドス利いていたし。
まあ、いいや。こうなったら「さわらぬ神に祟りなし」じゃ。おとなしく申し出を受けることにしましょ。
というわけで、丸テーブルを囲み、みなさんとコーヒーを飲むことに。
それにしても、こんなにのんびりとバイカーさんたちと話をするのははじめてのこと。これ、ちょっと嬉しいかも。
しばらくすると、寝ぼけ眼の少年がやってきた。わたしたちと挨拶を交わした少年はそのまま出発の準備へ。結局、少年の支度が終わるまで話は続いた。
少年の準備が終わり、いざ出発。
とその前に。そうそう、そういやさあ、少年よ、君の今日の予定はどこまでなんだね?ちなみにわたしの心の予定帳では、「一気に富良野まで行く」って書き込まれてあるんだけど。だって、富良野まで四、五十キロ。一日もあれば十分走れる距離。余裕も余裕。当然君もそこまで行くよな。
「今日は白金のキャンプ場に泊まろうと思っています」
あれ?違った。まったく違っていた。少年の口から出てきたのは、わたしの予想もしていない言葉だった。どこをどう聞いても、そこに「富良野」の三文字はなかった。
あー、もー。富良野まで行かないのかよー。
うん?ちょっと待てよ。だいたいわたしはそのキャンプ場の場所を知らない。落胆するのはまだ早い。ひょっとしたら富良野を過ぎた先にそのキャンプ場はあるのかもしれない。そういえば、少年もわたしと別れてからけっこうな距離を走ってきたらしいし。もしかして短い距離じゃ物足りなくなってきているのかも。
「富良野なんてそんな近いところやめて下さいよ。すぐそこじゃないですか。もっと先へ行きましょうよ」もしや、そんなことを言い出すかもしれない。
とりあえずツーリングマップルで調べてみる。
ガーン。違った。これまた違っていた。そのキャンプ場は富良野の全然手前にあった。
あーあ、なんてこったい。まったくもー。どうしてこうもわたしの期待を裏切ってくれるわけ。といっても、少年に罪はないのですが。
できればもっと先に行きたい。というか、もっと先行こうよ。猫好きでもないわたし、誰が聞いてもわかるような猫撫で声で少年を誘ってみた。でも、少年はそこに行くのがまるで自分の運命であるかのように、わたしの提案に首を縦に振る様子はなかった。
あーあ。やっぱりダメですかあ。ダメなんですよねえ。それにしても一日百キロは走りたいわたしとしてはあまりにも短い距離。うーん、参ったなあ。
それじゃあ、ここで少年と別れる?でも、それもなあ。だって、一人で行くならはじめから誘ってないって。
あーあ、どうしましょ。自分の気持ちを優先するか、それとも少年に合わせるか。うーん、考えどころ・・・・・・。
しゃーない。ここはわたしが折れますか。まあ、別に急いでいるわけじゃないしね。とりあえず今のわたしは誰かと一緒に走るという経験ができればいいわけだし。いいでしょ、いいでしょ。ここはおとなしく少年に従いましょう。

少年とランデブーで走り出す。しばらく平坦な道を行くと、上り坂に差し掛かった。そこを上り切ると、色とりどりの花が目に飛び込んできた。道の脇を見ると、「ぜるぶの丘」と書かれた看板がある。あー、はい、はい、はい。「ぜるぶの丘」ね。そういえばガイドブックで見た覚えがありますよ。なるほど、ここだったんですね。
「ちょっと寄ってきませんか」前を走っていた少年がわたしの方に顔を向けて言った。お、なんでわかったんだ?実はわたしもそう言おうと思っていたのだよ。
駐車場脇に自転車を停め、丘へと続く階段を昇っていく。すると、今まで目にしたことのない広大なお花畑が現れた。
わーお。すげー。なんだよ、これ。そこには、赤、青、黄、紫といった色とりどりの花が咲き乱れていた。
すげー、すげーよ、これ。一気にテンションが上がる。
でもこんだけ色鮮やかだと、目がチカチカして痛い気も。たぶん密集しすぎているのが原因の一つだと思うのですが。もうちょっとまばらでいいんですよ、まばらで。すいませんね、ぜいたく言っちゃって。
ところで、まだ十時前だというのにメチャクチャ暑い。ここは本当に北海道か?さらに驚かされたのは、内地並の日射しの強さ。肌の焼ける音が聞こえてきそうなくらい強烈なのだ。
一時間ほど滞在し、出発。坂を少し下ると、一軒のスーパーが現れた。なんでも少年、昨年はここで九百八十円のメロンを買ったそうです。そのメロンを探し店内を歩く。「メロンはこっちですよ」という少年の案内で後についていくが、そこにメロンはなかった。
おい、ないじゃん。と思ったら、違う場所にありました。ところで、メロンには五百八十円という値札が貼ってある。
あれ?九百八十円じゃないじゃないか。これはおそらく少年の記憶違いでしょう。だって、一年で倍近く下がるなんてあり得ない。場所といい値段といい、少年、こっちが油断しているとちょくちょくいい加減なことを言います。

後は今日の宿泊地である白金のキャンプ場を目指すのみ。少年によると、ここから二十キロあまり上り坂が続き、途中にはキツイ坂もあるそう。
えー、マジかよー。そんな情報聞きたくなかったよー。そんな坂上りたくないよー。心の中で駄々をこねる。
「ウォー」
「ダーッ」
「オリャー」
途中、叫びながら走る。
え?なにしているのかって?
いやね、異常に眠いので大声出して眠気を吹き飛ばそうとしているのですよ。これ、けっこう効き目あります。みなさんも眠気を感じたらお試しあれ。
なんか声を出したら楽しくなってきた。少年がiPOTを聴いていたので、それに合わせて歌も歌ってみる。いやー、楽しい。実に楽しい。声を出して自転車に乗るってこんなに楽しいことだったんですね。今日初めて知りました。
ところで、井上陽水やらさだまさしやら甲斐バンドやら。やけに懐メロが多いのは気のせいか。
チュウ、チュウ、チュチュ、なつのおじょおーさん♪
さすがに少年がそう歌い出した時には腰を抜かした。
おいおい、なんでそんな歌知っているんだ?それ、おれが小学生の時の歌だぞ。少年に訊くと、なんでも「怒髪天」という恐ろしげな名前のバンドがカバーしているそう。
いやはや驚いた。普通、カバーといったらカッコイイ歌をカバーをするもんでしょ。それがよりによって、七十年代アイドルの郁恵ちゃんをカバーするとは。いやー、時代も変わったもんだ。というか今の時代、あえてそういうものをカバーをするのがカッコイイのかもしれない。なにか違和感は覚えるけど。
ところで、さっきのスーパーから十五キロほど走ってきているのだが、一向に上り坂になる気配がない。むしろ下り坂になっているような気が・・・。
これ、どういうわけ?もしやまたしても少年に騙されたか。
そんな疑念を抱きつつ走る。しばらくすると、道はようやくゆるやかな上り坂に。
おー、ようやく上り坂か。いやー、待っていましたよー。
いや、違う。そうじゃない。別に待っていたわけじゃない。今か今かと思っていたら、思わず喜んじゃったじゃないかよー。まったくもー。
そのまま坂を上っていくと、突如、左手にサイクリングロードが現れた。おお、久しぶりのご対面。嬉しいなー。それにしても、なんでわざわざこんな山の中にあるの?しかもいきなり出てきたし。しばし考える。
あっ、そっか。わかった。きっとこの先は自転車で通るのは危ないんでしょう。もしかしたら道が狭くなっているのかもしれない。そっか、そういうことね。わざわざ気を遣ってくれてるんですね。北海道の方ってお優しいんですね。
それじゃあ、そっちを走ってみましょうか。そこまで親切にされたら無下にはできないのです。
移動してみるとそこは、ゆうに自転車二台が並んで走れる道だった。これで車を気にせずゆっくり走れる。しかも、移ってから気づいたのだが、頭上をたくさんの木々が生い茂り見事な日陰をつくっている。おかげでさっきまでの暑さが嘘のように涼しくなる。おお、ツイてるじゃん。予想もしていなかった幸運に頬がゆるむ。顔がニヤける。やっぱり移動して正解だったよう。
しばらく走ると、あることに気がつく。先へと続く路面が深緑色になっているのだ。なに、これ?近づいてみて分かった。それは苔だった。しかもずっと先まで、まるで絨毯を敷き詰めたようにびっちりと生えている。しかしなんでこんな道に苔?通る人があまりいないってことなんだろうか。
「やられた」
そう思った時には遅かった。タイヤに苔がつき、それが路面との抵抗を生んで思うように進まなくなったのだ。
「転がる石には苔は生えない」そんなことわざが世の中にはある。でも、この場合は逆。タイヤが転がれば転がるほど苔がくっついていく。「転がるタイヤには苔がつく」思わずそんな言葉が思い浮かぶ。
このままだと倒れてしまう。ペダルを強く踏み込む。しかしスピードダウン。というか、力を入れれば入れるほどかえってすべるような気が。一気に自転車が重くなる。しかも上り坂なのに。
もー、マジかよー。なんだよ、これー。
「走りやすいと思わせて実は走りにくい」
って、どんなフェイントだよ、それ。北海道の人ってこんな手のこんだ意地悪をするのか(わかっていると思いますがわたしの思い込み)。
くそーっ。なんでわたしがこんな目に遭わなきゃならんの。ただわたしはせっかくの親切を受けようとしただけなんですよ。その気持ちに応えようとしただけなんですよ。それなのに、なにこの仕打ち。
このままではさすがに重い。一般道に戻る。そのまま走っていればそのうち苔もとれるだろう。そんな見通しもあった。
でも甘かった。一度ついてしまった苔はなかなか剥がれない。タイヤが回る度に、ついた苔がペッタン、ペッタン、まるでとりもちのように路面にくっつく。しかも依然上り坂。当然、さっきまであった日陰はなくなっている。
うー、タイヤが重い。坂がキツイ。おまけに暑い。なにこのちょっとした三重苦。くそーっ、くそーっ。くそーっ。
なんで上り坂なのにさらにキツイ思いをしなきゃならんの。自分でしたこととはいえ腹が立つ。
ふと顔を上げる。先行していた少年の姿がどんどん小さくなっている。
うー、情けない。まさか置いていかれるとは。わたしの方が少年より走れると思っていたのにー。
粘り腰でペダルを回し、ようやく少年に追いつく。少年は一軒のお店の前に自転車を停めていた。どうやらここで買いたいものがあるらしい。休憩を兼ねわたしも中に入る。ちなみに少年はここでいけない飲み物(ヒント:少年は未成年)を購入していた。
あーあ、いいのかな。いいのかな。知らねぇぞ。おら知らねぇぞ。

店を後にし、キャンプ場に向かう。残りわずか。少年の「もうすぐですよ」という声に励まされ、自転車を漕ぐ。相変わらずの上り坂であるが、さっき休んだため体力が回復。思っていたより早くキャンプ場に着いた。
しかし、がらーん。そこは木々に囲まれた広い芝生が見えるだけ。テントは一つしか張られていなかった。
まー、そりゃそうだわな。まだ昼の一時にもなっていないんだもん。こんなに早くからテントを張る人なんていないでしょう。
と思ったら、今からわれわれが張るんだった。あははは。
ん?そういえばテント?なにも考えずにキャンプ場に来たわたしだが、そいやぁテントなんて持ってないぞ。すっかり忘れていたぞ。こりゃ、笑っている場合ではない。どうするんだ、おれ?
管理棟に行ってその旨を話すと、五百円の貸しテントがあるということを教えてくれた。
あー、そうなんだ。それはよかった。ほっとした。よかったのはよかったんだけども、五百円か。ただ泊まるだけなのに五百円もかかるんだよね。うーん、タダってことは・・・無理ですか。
くー、五百円か。しかもこの期に及んで、別途四百円のキャンプ場利用料がかかることが判明。うわっ、ということは全部で九百円かよ。
はい即決。テントは却下。ケチります。寝袋一つで泊まります。
だって泊まるところにお金をかけてこなかったんですよ、ネットカフェ以外。そんなわたしにすれば四百円出すだけでも大事件。
え?雨?雨降ったらどうするの?いや、大丈夫でしょう。だってこんなに晴れてるんだもん。降るわけないって。まあ、いいや。じゃあ、降るか降らないかは勝負っていうことで。多分わたしの楽勝に終わると思いますけどね。
テントはいいです、と管理棟で四百円を払うと、「なんだったら東屋があるので、そこを使ってもいいよ」親切にも管理人さんが言ってくれた。
ありがとうございます。いやでも、おそらく出番はないと思います。
さて、寝床問題も解決したし、これから何しましょ。まだ一時過ぎだけど。
芝生の上にマットを敷いて、その上でウダウダしてみる。寝転がったり、仰向けになって目を瞑ったり。
ケータイを見る。でも、まだ一時半。うー、時間経たねー。
いやー、参った。こんなに早く切り上げるなんて滅多にないので完全に手持ち無沙汰になってしまった。少年の持ってきたガイドブックを見たり、iPODを借りて時間をうっちゃりにかかる。少年におんぶにだっこのわたし。情けない。
再びケータイに目をやる。が、まだ三時前。はーっ。することねぇー。
どうしましょ、どうしましょ。なにしましょ。おろおろするわたし。
すると少年が、まるでわたしの心を見透かしたかのように、これから飯を作ると言い出した。
おおっ。マジですか。いやー、ラッキーだ。
え?なにがラッキーかって?いやね、実はそれを見て時間をやり過ごそうと思いついたのですよ。
少年は飯ごうで米を炊き始めた。続いて、コッヘルにチーズ、ウィンナー、トマトジュースを入れて、炒め始める。適当に仕上がったところで、それを炊き上がったご飯と一緒に混ぜ合わせる。あっという間に「トマトチーズリゾット」(もどき)の出来上がり。
おお。なんかいいニオイがしてきますね。それにちょっとうまそうだし。少年に頼み、一口いただくことに。
旨いじゃん。どこがどう旨いのかと訊かれると困るが、とにかくわたしの予想を超えたおいしさだった。
それにしても、少年は実に楽しそうに作っていた。あれやこれや考えながら作っているのが、はたから見ていて楽しそうだったのだ。
今回、北海道を周るにあたって、料理をすることなんて考えもしなかった。とにかく走ることだけで頭が一杯で、そこまで考えが及ばなかった。
そもそも料理なんて面倒くさいだけ。しかも料理道具は荷物になるわ、食材はわざわざ買わなければならない。なに一ついいことなんてない。今までそう思っていた。
でも、少年を見ているうちにちょっと考えが変わった。案外、簡単そう。それになにより楽しそうなのである。
よし、わたしもいずれやってみよう。そう、心に決める。といっても、明日になれば忘れているんですが。

午後四時半過ぎ、近くにある旅館のお風呂へ。ちなみに行くのはわたし一人だけ。少年は二日にいっぺん入ればいいらしく、今日は水に濡らしたタオルで体を拭いてOKだそうです。
いやー、いいねー。若いねー。それで済んじゃうなんて実に羨ましい。一日くらい風呂に入らなくたって、どうってことないんだろうね。きっとそれが若さなんだろうね。
わたしなんかとてもじゃないけど無理。タオルで拭いても体の表面が綺麗になるだけ。体の中から老廃物が抜けてない感じでとっても気持ち悪いのだ。それは旅のはじめに痛いほど実感しております。
お風呂から上がり、少年と合流。来る途中に寄ったお店へ歩いて行く。そこで少年は本日二本目のいけない飲み物、わたしはチューハイをそれぞれ購入。
おいおい、大丈夫か。二本も飲んで。
少年がまたもやいけない飲み物を買ったことにちょっと不安を覚える。だって、ここは一応わたしが保護者になるんでしょ。やだよ、急性ナンチャラになって救急車を呼ぶ羽目にでもなったりしたら。
坂をてくてく上り、キャンプ場に戻る。昼間とは打って変わってたくさんのテントが設置されていた。
おお、なんかようやくキャンプ場って感じがしてきましたよー。さっきは全然なかったもんなあ。
マットの上に腰を下ろし、チューハイを飲みながら、しばしみなさんの様子を眺める。
うーん、違う。想像していたのと全然違う。
キャンプ場って、こう、もっと知らない人との交流があるのかと思っていたら、わたしの見る限りそういった光景が全然ないのですよ。簡単に言えば、家族やグループで来ている人はその中で盛り上がり、一人で来ている人は一人の時間を楽しんでいる、そんな感じなのだ。
面白くない。実に面白くない。
だって見知らぬ人と知り合うのが旅の醍醐味の一つでしょ。
あーあ、これじゃあ、ホテルや旅館に泊まるのと変わらないじゃないか。泊まる所がテントに変わっただけじゃないか。なにかキャンプというだけで、みなさん開放的になっていると思っていたのですが。どうやらそこまでではないみたいです。
時刻は午後六時半過ぎ。空を見上げると、昼間にはなかった灰色の雲がもくもくと立ち込めていた。嫌な予感。
でも、今日は勝負するんだもん。寝袋で寝るんだもん。
たくさんのテントが並んでいる中、一人、寝袋を広げる。横になってしばらくすると、ポツポツと冷たいものが顔に当たってきた。そう、雨である。
うわー、マジかよ。ちょっと怯むが大見得を切った手前、簡単には引き下がれない。しかしそうこうしているうちにも次第に雨粒の数が多くなってきた。
ダメ。無理。こりゃ無理。
もういいです。負けでいいです。ゴメンナサイ。わたしが間違っておりました。すぐさま東屋に逃げ込むわたし。まったくもって勝負になりませんでした。
2010年8月15日(日) マックで寝てみませんか (旭川 38km)
朝、目を覚まし、ケータイを見る。時刻は午前三時四十分を表示していた。さすがに後、十分じゃ無理か。いやね、昨日は八時間のナイトパックで入ったので、三時五十一分にはここを出なきゃならんのですよ。
しゃーない、一時間ほど延長するか。そうそう、昨日ネットで調べたら、旭川行きの始発が午前六時一分にあるそうなので、今日はその電車に乗って旭川に行こうと思います。
午前五時前、ネットカフェを後にし、札幌駅へ向かう。到着すると、すぐにタイヤを外しフレームとともに輪行袋に入れる。およそ十五分で終了。おお、わたしもかなり手慣れてきたもんです。
構内に入り、切符を買おうとすると、床に大きな輪行袋を置いた少年の姿が目に入った。おや?もしかしてわたしと同じ輪行ですか?近寄って話しかけてみることに。
「こんにちは。これって自転車ですよね。どちらまで行かれるんですか?」
「えーと、旭川の先の上川まで行って、そこから自転車で走ろうと思っています」突然話しかけられて驚くかと思ったが、案外冷静に答える少年。
「じゃあ、もしかして六時一分の電車?」
「ええ。そうです」
はい、キター!わたしといっしょの電車ですね。これで旭川まで退屈せずにすむ。いい話し相手ができたぞいと。
彼は愛知県在住の高校二年生。夏休みを利用して一週間ほど北海道を走るそうです。
うーん、えらい!若いうちにそういう旅行はいいことです。あまり若くないわたし、そう思いますデス。
そんな彼と話していて驚いたことがあった。なんと彼が通っている男子校の学費、それが一般的なサラリーマンの年収と同じぐらいなのだ。
うっそ!マジかい。唖然、呆然。耳を疑った。軽く腰を抜かした。だって、サラリーマンの年収でしょ。普通の人はそれで住宅費やら食費、光熱費、娯楽費、教育費などをすべてまかなうんだよ。でも、きみんところは、学費だけでそれを全部使っちゃうんだよね。
そんな学校がこの世に実在するとは。二の句が継げず、ただただ驚くばかり。
それにしてもサラリーマンの年収ということは、何百万円はかかるということだよね。
「ところで学費っていくらなの?」恐ろしすぎてそんなことは訊けなかった。ちなみにクラスメートのほとんどは、社長か医者の息子だそうです。
そりゃそうでしょ。並の家庭じゃまず通えない。もしかして、これって実録『花より男子』か?よく見れば、彼、F4にいてもおかしくないような感じだし。うーん、わたしたち庶民とは住む世界が違い過ぎます。
午前八時五十五分、旭川駅着。彼とはここでお別れ。結局約三時間、ずっと話しっぱなしだった。別れ際、右手を差し出しながらわたしは言った。「話し相手になってくれてありがとう。おかげで退屈しなくてすんだよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました。いろいろ話ができて楽しかったですよ」わたしの手を握りながら少年は言った。
大人だろうが、誰であろうが、対等である。そんな気持ちが彼の言葉からは伝わってきた。
実に礼儀正しく、堂々とした少年だった。なにか育ちのよさを感じますね。きっとこういう少年が世の中でいうエリートと呼ばれる人になっていくんでしょうね。
それにしても、なにか敗北感があるのは気のせいだろうか。

輪行袋と荷物に埋もれた体を引きずり、改札を通り過ぎる。構内を出て、自転車を組み立てていると前から声が聞こえてきた。
「おはようございまーす」
見ると、ウトロで別れた少年だった。そうなんです。実は、昨日旭川に着いた少年と、「それなら一緒に富良野まで走ろうよ」とメールで約束していたのです。いやー、それにしても久しぶり。なにかずいぶん見ないうちに逞しくなったんじゃないかい。
さて、これからどうしよう。今日一日は旭川にいるとしても、問題は明日。できれば明日から富良野に向けて走りたいのだが、天気予報によると生憎の雨らしい。そうなると旭川で連泊か?嫌だなー。だって二日もいてもすることないでしょ。
ま、先のことを考えても仕方ない。とりあえず今日である。なんでも少年はラーメン村に行ってラーメンを食べたいらしい。まあ、いいですけど。とくに旭川で行きたいところはないしね。ちなみに少し離れたところには、動物好きにはたまらないかの有名な旭山動物園があるのだが、正直行く気はしない。動物にあまり興味がわたしには、とても入園料八百円の価値があるとは思えないのだ。かといって、「ラーメン食いてー」でもないんですが。まー、早い話、旭川で行きたいところはないのです。とはいっても、せっかく来たのだから素通りするのはもったいない。とりあえず旭川に行った、そんな記憶を残しておきたい。ただそれだけなんです。
と、ここまで書いて思った。これ、全然早い話じゃないじゃないか。わたしが読者なら間違いなくつっこんでいるところである。
少年と駅ビルの店をひやかし、ラーメン村へと向かう。途中、ユニクロで少年の買い物に付き合い、無事到着。見ると、平屋建ての建物の中に八軒ほどのラーメン屋が店を出していた。
北海道歴が長い少年は幾度となくここに来ていて、来るたびにお店が入れ替わっているそうです。
いいと思います。おそらく人気のない店は淘汰されるということなんでしょう。至極当然のことですね。やはりそういった正当な競争がないと味が落ちていくと思います。
それはさておき、どの店にする?少年はどこでもいいらしく、わたしに任せると言っている。うーん、正直、わたしもどこでもいいのですが。というか、どの店がいいのかまったくわからんのですよ。
結局、とくにラーメン好きでもグルメでもないわたしが唯一知っていたということで、「山頭火」にする。なぜかこのお店だけは知っていた。多分、種田山頭火を知っていたので店名を憶えていたのだと思います。
さして行列に並ばず、店の中へ。わたしは辛味噌ラーメン、少年はとんトロラーメンを注文。
旨いじゃん、これ。ピリッとした辛味噌と麺がうまく絡みあって美味しいのである。ただ、決して舌が肥えているとは言えないわたし、他のラーメン屋と比べてどれほど美味しいのかはわかりません。
食べ終わり、外へ。少年はこれから『インセプション』という映画を観るそうです。
あー、それ知っているわ。渡辺謙とディカプリオが出ているヤツだろ。だってさかんにテレビでCMスポット流れていたもん。
わたしも観ないかと誘われたが、今のわたしに千五百円はちと高い。映画観るならその金でネットカフェ泊まるわい。
ボーっと待っていても仕方ないので、その間わたしは洗濯することに。着替えが残り一日分しかないのです。
旭川の街をコインランドリーを探して走る。あてずっぽうに走っていたら、コインランドリーに遭遇。おお、ラッキーじゃん。洗濯をしている間は、旭川の街を散策することにした。
で、街の印象はというと・・・・・・うーん、なんなんだろう。いや、なんと言ったらいいのだろう、これ。特徴がない街、というのが正直な感想なのですが。
道は広くて綺麗に整備されているのだが、目にするものといえば、ファミレス、家電量販店、ファーストフード店、古本屋など郊外によくある風景。旭川らしさというものがまったく感じられないのだ。きっと旭川は、街並を楽しむようなところじゃないんですね。
少し驚いたこともあった。駅前はわりと賑わっているのだが、そこから少し離れると空き地がポツポツと目立ってやけに寂しげだったのである。
うーん、これはいったいどういうことなんだろう。もしかして地上げ屋の仕業?そうとも思ったが、バブルはとっくに終わっているし。うーん、なんなんでしょう、これ。知っている方がいたら教えて下さい。
走っている途中、雨が降り出す。洗濯を終え、雨宿りがてら駅にいると、少年からメールが入った。なんでも映画を観終わり、これからライダーハウスに向かうそうです。
うーん、ライダーハウスですか。君はそこに泊まるんですか。あー、わたしはどっしよっかなあ。いやね、別にそこに泊まるのはいいんですが、近くにお風呂がないんですよ。
特別これといったこだわりのないわたしではあるが、お風呂には毎日入りたいかな。そこはちょっと譲れないかも。
駅の一画にある観光案内所行く。訊くと、駅からさほど離れてないところに銭湯があるとのこと。よっし。これでスッキリできるぞ。
少年に、「おれはテキトーにここらへんで泊まるわ」というメールを打ち、市街で泊まれそうな場所を探す。なーんて言いながら実はもう目星はつけてあります。実は、マック、えーと関西風に言うとマクドか、つまりマクドナルドに泊まろうと思っているのです。
え?マック?マックって泊まれるの?
そう思ったそこのあなた。そうなんです。わたしも最初そう思ったんです。
ところが、斜里で出会った金丸くんによると、これが全然余裕なんだそうです。
「コーヒーならお替り自由。冷暖房完備だし、充電し放題。こんないい場所ないですよ」
まるで豪華ホテルに泊まるかのような口ぶりに、思わず心動かされちゃったんです。そこで一応訊いてみた。
「でも、さすがに横になって寝るのはできないでしょう」
「いや、大丈夫ですよ」
えっ?そうなの?いや、マジで?てっきりわたし、テーブルに突っ伏して寝るのかと思っていたんですけど。でも横になれるのならちゃんと眠ることもできそう。よし、そんじゃ一回泊まってみようか。それになんか楽しそうだし。
金丸くんの話を聞いて以来、実は、ずっと泊まれる機会を窺っていた。そしてようやくその機会が今日訪れた。北海道滞在も残りわずか。おそらくこれが最後のチャンスでしょう。

お風呂に入り、いよいよ駅近くのマックに向かう。いやー、さすがに緊張してくるなあ。いざやるとなると本当に大丈夫なのか、やはり不安なのですよ。しかし、ここまできたら後には引けない。いや、引いてもいいんですが。
少し気合を入れてお店の中へ。百二十円のコーヒーを注文すると、なぜかチキンの唐揚げがついてきた。
コーヒーを手に持ち、ゆっくりと店内を見渡す。できれば奥がいい。そちらへ目をやる。人はいるが一番奥の場所は空いている。おお、ラッキーじゃん。よし、ここにしよう!すぐにそちらへと歩き始める。
いや、待て。早まるな。慎重を期して一応、イメージしておこう。横になっている自分の姿を頭に思い浮かべる。
ダメだ。これじゃあダメだ。あまりにも隣の人と距離が近くなってしまう。
他によい場所はないか、と顔を右に向ける。一つづきになっている長ソファが目に入った。すばやく端から端へと目を走らす。誰もいない。よし、ここにしよう。
と思ったが、レジから近いのが気になる。店員の視線が気になる。ふたたび店内をぐるりと見渡す。しかし、遂行できそうな場所は他にはなかった。
しゃーない、妥協してここにするか。とりあえず荷物を置き、陣取ることに。店内の時計に目をやる。まだ六時。寝るにはだいぶ早い時間だが、正直もう寝てしまいたい。昨日はネットカフェ泊だったので相変わらずの寝不足なのです。まあ、いっか。ほとんど客いないし。よし、寝てみるか。ふたたび気合を入れる。さあ、いよいよ実行の時だ。
うーん、でもなあ・・・。初心者のわたしがいきなり横になるのは勇気がいるよなあ。それにすぐに横になったら、さすがに店員も注意しに飛んで来るだろう。ここはまず不自然に思われないように、徐々に寝る体勢にもっていったほうがいいのではないか。
しばし周り、とくに店員の様子を窺う。誰一人わたしに視線を向けている者はいない。よし、今度こそいくぞ。第一段階として、まずはソファの上にあぐらをかいてみる。と同時にすぐに周りに視線を向ける。グループ客は仲間内の話で盛り上がり、一人客はケータイをいじっているかボーっとしている。肝心の店員は客の応対に忙しい。誰もわたしのことを不審がっている者はいない。よし、まずは第一段階クリアだ。引き続き第二段階へ。あぐらをかいていた足をほどき、体を横に向ける。今度はそのまま膝を抱えて体育座りの体勢へ。さて、これはどうだ?すばやく周囲に目を走らせる。誰もわたしの方を見ている者はいない。ホッ。どうやらこれも大丈夫な模様。よしよし、これならまだまだいけそうだ。この勢いを借りて第三段階へ。今度は立ち膝のまま、そっと上半身だけを倒してみる。さすがにこれはちょっと厳しいか?と思ったが、相変わらず周りの視線は感じない。おお、なんとこれもクリア。わーお。よし、この調子ならこのままいけるんじゃねえか。
ところが、ここからが問題だった。
「ちょっとリラックスしているだけ」今まではそういった雰囲気でいけた。でも、ここからは最終段階。いよいよ全身を伸ばさないといけないのである。
さすがにそうなると、どう見てもゆっくりくつろいでいる風には見えない。というか、単なる寝ているようにしか見えないだろう。ここはかなり難関。
上半身を起こした状態で脚を前に投げ出してみたり、または、脚を伸ばしたままで上半身だけをねじったりみたり。三十分ほどあれやこれやと体勢を変えてみるが、なかなか踏ん切りがつかない。といっても、このままでは埒が明かない。やるかどうかしばし逡巡。
えーい!男は勇気じゃ!いったれ!おそるおそる曲げていた膝を伸ばす。全身が棒のように一直線になった。
おお!やった!やっちゃった!ついにやってしまった!
息を止め、すぐさま周りの反応を窺う。相変わらずみなさん、それぞれの世界で忙しい様子。誰もわたしを不審がる者はいない。
なんだ大丈夫じゃん。やればできるじゃん。ここまでくれば後は目を瞑るだけ。造作はない。しかも眠いし。きっとあっという間に眠ることができるだろう。そして目が覚めた時には富良野に向けて走りだす。
わーお。できたことの達成感と明日への期待感で、ちょっとした幸せを感じる。そんな幸福感に包まれながらそっと目を瞑る。意識が遠のいていくのを感じながら眠りについた。
「ちょっと、ちょっと!お客さん!ここで寝ないで下さいよ!」
突然、尖った声がわたしを直撃した。ハッと目を開ける。そこには眼鏡をかけた店員が腕を組んで仁王立ちしていた。しばしその店員と目が合う。店員はわたしを睨みつけてくる。鋭い矢のような視線がわたしの顔をブスブスと突き刺してくる。心なしか髪の毛が逆立っているようにも見える。無数の針のような殺気がわたしに向かって放射されている。顔が赤く上気し、怒りに顔を滲ませ、何か言葉にならないことをブツブツ言っている。
どうやらわたし、いけないことをしちゃったみたいです。
もー、やっぱりダメじゃんかよー。起こされちゃったんじゃんかよー。と思う一方、やっぱりな、という思いもあった。だって横になって寝ることが許されるのならみんなやるでしょ。そんなことになったら収拾つかないじゃん。
あーあ、やっちゃった。やっちまったよ。
ま、でもやっちゃったものはしょうがない。「すいません」とすぐさま頭を下げる。それを見ていた店員は、さっと踵を返し無言のままカウンターの方へと歩いていった。背中には怒りのオーラが燃え上がっていた。
壁に掛かっている時計を見る。夜の十時を過ぎたばかりだった。ということは、一時間ほど眠っていたのか。それにしてもカッコ悪いというかなんというか。まったくこんなことで怒られるなんて恥ずかしいったらありゃしない。まあ、でもいっか。一応、多少なりとも寝ることはできた。気は済んだ。後悔はないです。店員を怒らせたのは悪かったが。
コーヒーで飲もうかな。よろよろとソファから立ち上がり、カウンターへ向かう。一時間とはいえ眠ることができた。頭はけっこうスッキリしている。それにしても、ここで寝れないとなると、どこか他に場所を見つけないとなあ。
さて、日記でも書くとしますか。うまい具合に時間を潰すとしたらそれしか思いつかないのです。
しばらく日記をつける。途中、トイレのために席を立つ。戻ってくると、隣のテーブルにツーリングマップルが置いてあるのが目に入った。あれ?もしや旅人?
声をかけてみると、やはりそうでした。山岳サークルに入っている大学生。なんでも昨日まで大雪山を登っていて、明日からバスや電車を乗り継ぎ、道東を中心に北海道を回るそうです。
おお、道東ですか。なつかしー。つい最近までわたしも行っていましたよ。というわけで、オススメの場所を挙げたりする。結局、二時間ほど話をした。
時計を見ると、〇時半過ぎ。そろそろ寝る場所を探さないとね。さて、どうする?と言いつつ、一応見当はつけています。お風呂に行く途中に市役所を見かけたので、そこの軒下を借りようかと思っているのです。
そんじゃ、そろそろ行きますか。なんとなく店員の視線も感じますしね。窓から外を見る。夕方から降っていた雨はすでに上がっていた。
自転車に荷物を積む。十分とかからず市役所に到着。少し走り回ると広い軒下があったのでそこに自転車を停める。ケータイを見ると、時刻は午前一時を回っていた。おっと、もうそんな時間か。明日も早いのでさっさと寝ることに。敷いたマットの上に寝袋を広げ、そこに潜り込む。雨上がりのせいか少し蒸し暑い夜だった。
2010年8月14日(土) 思いもよらず胸が痛くなってきた (苫小牧―支笏湖―札幌 108km)
午前七時に目が覚める。最初に頭に浮かんだことは、もう走らなくてもいいということだった。
だよねー。もう走る必要がないんだよねー。ホッとした。というより目標がなくなってしまった寂しさの方が強いかも。
「ゆっくりしていっていいからね」
Sさんは着替えをしながら、寝ぼけまなこのわたしたちに声をかけた。
「Sさんが帰ってきてもまだいたりして」
「いいよ、いいよ。全然構わないよ」
うわっ。冗談で言ったのに。まさかそんな真面目な顔して返されるとは。ズッコケちゃいますよ。
それにしても相変わらずの太っ腹ですね。しかも、わたしたちのためになんと朝食まで作ってくれた。わーお。すごい、すご過ぎます。世の中にはこんなすごい人もいるんですね。いやはや勉強になりました。
仕事に向かうSさんを見送る。今日の天気はどうだろう。外に目をやる。すると窓からはみださんばかりの青空だった。
あーあ。ちょっとガッカリ。
え?なんでかって?だって、わたしがゴールした翌日に快晴でしょ。どうせなら昨日がこんな天気だったらよかったのに。そう思ったのです。
さて、今日はどうしよっか。とりあえずゴールしたのでもう走る必要がないんだよね。
お言葉に甘えて今日一日ここでゆっくりさせてもらおうか、ということも一瞬、頭をよぎったが、やっぱり支笏湖行って美瑛や富良野も走りたいしなあ。それよりなにより、こんないい天気、部屋にいるのはもったいないのです。
出ますか、とりあえず。また、北海道を離れる時に寄らせてもらえばいいし。
ところで、大学院生さんとも今日でお別れ。お互い別れが寂しいのか、スピードを落としダラダラ走ってしまう。そりゃそうだ。なんていったって四日間も一緒にいたんだもん。そんなことを考えていると、急に四日間のことが走馬灯のように頭を駆け巡った。
だったらすごく感動的なのですが、実際はそこまでではないのですよ。あはは。
とはいえ、わたしにとって貴重な四日間であったことは間違いない。だって、四日間も人と一緒に過ごすなんて今までの自分なら考えられなかったこと。北海道一周している間に、わたしも少し変わったのかもしれない。
二人の分岐点が近づいてくる。彼は室蘭へ。わたしは支笏湖へ。それぞれ、今日の目的地へと向かう。遠ざかる彼の姿を見ながら声をかけた。
大学院生さん、どうもありがとう!お元気でー。
支笏湖へ向かう道はゆるやかな上り坂だった。しばらく走ると、思いもよらず胸が痛くなってきた。心の中ではさめざめとした涙が降り続いている。
はーっ。さびしっす。いつかは別れが来るとはわかっていても、やはり別れは辛いもの。それも四日も一緒にいればなおさら。結局、胸の痛みは支笏湖へ着くまで続いた。

なんだかやけに車が多い。そっか、今日は八月十四日。お盆の真っ只中なんですよね。案の定、支笏湖の駐車場に着くと、たくさんの車と観光客で溢れかえっていた。うわっ。一気に観光地に来た感じ。できれば一人静かに回りたいのですが。
とりあえず湖畔をブラブラしてみる。小さいなお子さんを連れた親子連れ、若いカップルに年配のご夫婦。そこでは多種多様な人たちが楽しい時間を過ごしていた。
はーっ。さびしぃよー。人が寂しさを感じるのは、一人でいる時ではない。集団の中へ放り込まれた時に感じるのだ。
あーあ。分かち合える人がいないってこんなに寂しいもんなんですね。それにさっき大学院生さんと別れたばっかり。余計に寂しさが身に滲みてくる。
「支笏湖自然センター」というものがあったので、行ってみることに。入り口の前では、若者男女数人がテーブルの上に置かれたふくろうの羽や鹿の角、たぬきの足の剥製などを手に取り、センターを訪れた人になにやら説明をほどこしていた。わたしも混じり、いろいろ質問してみる。いや、特に訊きたいことがあったわけではないんですが。なんか寂しかったんですよ、誰かと言葉を交わしたかったんですよ。
入り口横の「自然観察ツアー参加者募集」という看板が目に入る。しかも無料。無料であれば、なにがなんでも参加せねばならぬ。すぐそばにいた職員らしき人に訊いてみると、「ちょっと待っていてください」という声とともに、センターの中へ消えていった。
しばらくすると、若い女性二人がわたしの元へやってきた。彼女たちは北海道大学の野鳥サークルに入っている大学生。これから湖周辺を案内してくれるそうです。
ちなみに、こんなに観光客が多いのに参加者はわたし一人だけ。こういうものって、ある程度人数が揃ってから催行されるものだと思っていたのだが一人でもやるんですね。まあ、別にいいんですけど。というより好都合。だって、両手に花じゃないですか。しかも若い女性というのが嬉しい。と一瞬テンションが上がったが、すぐにそれも下がった。というのも彼女たち、よく見たらちょっと残念なルックスだったのです。あーあ、いまいち。なんてわれを省みず思う。
湖畔を歩きながら、鳥や植物の説明を受ける。でも、ここに書けるほど憶えていることがない。前にも書いたと思いますが、わたし、動植物にあまり興味がないのですよ。
じゃあ、なんで参加した?
まあ、そうなんですが。いや、おっしゃる通りなんですが。
だってぇ、寂しかったんだもん。誰かと話をしたかったんだもん。
あっ、そういえば一つだけ思い出した。どうして支笏湖の水はこんなに透き通っているのか?という質問の答えである。
元々、支笏湖は、火山の影響で住んでいるプランクトンの数が少なく、その結果、それをエサにする魚も少ないため、あまり水が汚れることがないそうなのです。
ちなみに夏でも水温が低く、数年前に橋の上から飛び込んだ人が心臓発作で亡くなったそう。
おいおい。まったく、ムチャするよなー。というか、暑いだけなら飛び込まなくてゆっくり水に浸かればよかったという話でしょ。どうせ関西の某プロ野球チームのファンのように周りに囃子たてられ、それでいい気になって飛び込んじゃった。おおかたそんなところでしょう。
ところで、ここでちょっと余談。なんでも最近の北海道大の学生は「おごり慣れ」しているそうです。
え?おごり慣れ?なんですか、それ?
「たとえば、みんなでジャンケンをして一番負けた人が全員分のソフトクリームをおごるんですよ。これ、けっこう楽しいですよ。ちなみに十五人くらいでやった時は、一人で五千円くらい払っていましたね」
五千円!ソフトクリームで五千円!すげえなー、それ。負けた人、えらい高くついちゃったね。
それにしても妙なものが流行っているもんだ。まあでも、わたしもその中にいたらやっちゃうかもなあ。だって大人数だったらまさか自分が負けるとは思わないでしょ。って、きっとそれが命取りになるんでしょうね。
一時間ほどで観察ツアー終了。お二人さん、どうもありがとうございました。あなたたちのおかげで、少しは寂しさを紛らわすことができました(←完全に主旨を間違えている)。
これから湖辺を周って対岸まで走ろうと思います。というのも、ここの湖畔の道路はスカイロードと呼ばれ、なかなかの景色だとガイドブックに書いてあったからなのです。
駐車場に戻って自転車に乗り、一気に坂を下る。下りきったところには、満面の水をたたえた支笏湖が横たわっていた。
おお。こりゃたしかにすごい。道路と湖面の高さがあまり変わらない上、手を伸ばせば浸かれそうな距離に湖があるのだ。まるで湖の上を走っているかのよう、とまでは言わないが、それに近いものが味わえる。しかも、後ろには支笏湖を取り囲むようにそびえ立つ数々の山々。空はどこまでも青い。こりゃいい。路肩が極端に狭いことを除けば、最高のサイクリングコースだ。
対岸に着くと、そのまますぐにUターン。来た道を戻るだけなのだがこれが思いのほかよかった。行きと見える景色が違うため支笏湖の違った顔を目にすることができたのだ。

再びセンターに戻ると、時刻は午後三時半を回っていた。これからは今日の宿泊地である千歳を目指します。目指す、といっても、ただ坂を延々と下っていくだけですが。
さすがに下り坂は早い。四時過ぎには千歳の街中へ入っていた。いろいろ周り、お風呂と寝床の見当をつけ、駅へと向かう。明日は、千歳駅から旭川駅まで輪行して、そこから富良野まで自転車を走らせようという計画なのである。駅員に、旭川行きの始発電車の時刻を訊く。すると、「札幌で乗換えがあるので九時ですね」という答えが返ってきた。
くーっ。九時ですかー。いつも五時出発のわたしにしては手に余るほどの遅い時間。九―五=四。つまり四時間もわたしの中に空白の時間が流れるわけですね。さて、その時間、いったいわたしは何をすればいいのか。うーん、いつものごとくまったく思いつかん。というか、その時間を無駄にするのが嫌なんですよ。
とりあえず札幌で乗換えなんだよね。それがなければ早く行けるんだよね。ということは・・・・・・そっか。札幌から電車に乗ればいいわけだ。それに札幌だったら、早くから電車が動いているだろうし。
しゃあない、札幌まで走りますか。ザックから地図を取り出し、素早く札幌までの距離を目測。うーん、四十キロ強といったところか。四十キロなら頑張って走れば二時間ちょい。
よし、考えても時間が過ぎるだけだ。行くか。札幌方面に向け、とりあえず自転車を漕ぎ出す。時刻は夕方の五時を回っており、すでにあたりは薄暗くなり始めていた。
あんまり遅くならないようにと気合を入れて走る。幸いなことに札幌へと続く国道三十六号線はおおむね下り坂。さっきまでチンタラ走っていたのがウソのようにスピードが出る出る。しかしこの道、とても広く実に走りやすいのだが、その分交通量もハンパない。わたしの横を猛烈なスピードで車がバンバン通っていく。これってかなりコワイ。どのくらいコワイかというと、高速道路のすぐ脇を自転車で走っている、そんな感じなのだ。
札幌に近づくにつれ、車線の多かった道路が徐々に狭く、そして信号も増えていった。走りはじめとは打って変わって走りづらくなる。
夜七時過ぎ、暗くなったのでライトをつける。久しぶり、というか北海道に来て初のナイトクルージングだ。うーん、都会のネオンがよい感じ。しばらく走ると、今度はオレンジに光るタワーが見えてきた。おお!札幌のテレビ塔ではないか!いやー、いいね、いいね、実にいい。札幌に来たという感じがします。
夜のススキノを横に見ながら、前回と同じく札幌駅近くのネットカフェ「自遊空間」に行く。時刻は午後七時半を過ぎていた。
自転車から荷物を降ろし、中に入る。ネットをやりつつ、新聞、雑誌を読んだらもう十二時過ぎ。さすがにそろそろ寝ないといけないと思い、横になり目を瞑る。眠いと思う間もなくあっという間に意識が遠のいていった。
2010年8月13日(金) いよいよゴール!?(新ひだかー苫小牧 143km)
朝方、ふと目が覚める。外はまだ暗い。耳を澄ますと雨は降っていた。
うーん、雨か・・・。上がるまでは出発は延期かも。そんなことを考えていたら、すぐに眠りの中に落ちていった。
再び目を覚ます。ケータイを見ると、時刻は四時二十分。ぼんやり外に目をやる。どうやら雨は上がっているよう。ところどころ日も差している。よし、行ける。身支度を整え、五時二十分にスタート。ところで、Jさんとはここでお別れ。同じ方向を走る大学院生さんとは、後で落ち合うことにした。
空を見上げる。ポツポツと雲は浮かんでいるが、空の大半は青い。気持ちのいい青空と一日休んだおかげで心と体の両方が軽い。道も平坦なところが多く、知らず知らずのうちにスピードが上がっていく。いやー、気分がいい。久しぶりの好天に気持ちよくペダルを回していく。
いよいよわたしの北海道一周も今日で終わりを迎える。だが、不思議と感慨深いものはない。一周したからといってこれで人生が終わるわけではない。まだまだわたしの人生は続いていく。あくまでも一つの区切りがつく、そんな感じだ。
大学院生さんと、メールでお互いの位置を確認しながら走る。わたしから一時間ほど遅れているが、どうやら順調に追いかけてきているようだ。
二時間ほど走り、新冠に入る。ここ新冠はサラブレッドの産地で有名な場所。なんでもこの近くには、サラブレッドが望めるという場所があるらしい。早速そこ、サラブレッド銀座公園駐車場に行く。
果てしなく広がる緑の牧場に、まばらだが馬が草を食んでいるのが見える。おお、馬じゃん。いいじゃん、いいじゃん。
でも五分で飽きる。わたしはあまり動物に関心が持てない人間なのである。
競馬好きなら狂喜乱舞するんだろうなあ。そんなことを考えると、もっと自分も喜べばいいのにと思ってしまう。

午後〇時半、むかわの道の駅に到着。ここまで来れば苫小牧は着いたも同然。それほど力を入れなくても後は勝手にゴールできる。
苫小牧東港フェリーターミナルの看板を目にする。東港といえば、わたしが北海道に来る時に降り立った港だ。日はまだまだ高い。ちょっと寄ってみるか。一周することにそれほど思うところはなくなってきているが、やはりスタート地点に戻りきっちりゴールという実感は味わっておきたい。
しばらく走り、フェリーターミナルに到着。あれ?こんなところだったっけ?まったく見覚えがないのである。しばし考えて解かる。あっ、そっか。北海道に着いた時は、船からそのまま上陸したためフェリーターミナルに寄らなかったんだ。
ターミナルの玄関脇に自転車を停め、中へ。乗船時間にはまだ時間があるせいか、広々とした待合所には誰もいない。あまりの殺風景な風景に寂しさが胸の中を通り過ぎる。たくさん並んでいる白い椅子の一つを選んで腰を下ろす。スチール製の椅子がひんやり冷たい。窓からはグレー色した港とそれに対比するかのように青い空が広がっていた。
いやー、本当に終わったんだなあ。ふと、そんな思いが心の底から湧き起こってくる。でも正直、一周したという実感はあまりない。
何かたいそれたことをやったという感じはない。ただ毎日走ってきた。その結果がたまたま一周という形になった。終わってみれば、そんな感じがする。とはいえ、走り始めて十日くらいまでは、本当に一周なんて出来るんだろうか?半信半疑だったというのもまた事実。それこそ函館では、まだ三日目だというのに早くもやめたくなったりした。札幌あたりくらいだろうか、今までどおり走っていけば達成できるのではないか、そう思い始めたのは。今思えば、きっとそれはちょっとした自信みたいなものだったのかもしれない。
しばらくそのままボーっとする。一応、ゴールしたとはいえ、今日はここで終わりではない。後、もう少し走らなければならない。
再び窓に目をやる。空では一羽のかもめが気持ちよく滑空を繰り返していた。
大学院生さんとの落ち合い場所である苫小牧市役所を目指し、走り出す。ここからは一度通った道。その時の記憶が鮮やか、とまではいかないが、それでも確実に思い出されてくる。今思えば、あの時ははるかに不安の方が大きかった。一ヶ月ものツーリングなんて生まれて初めて。野宿の経験もほとんどない。でも、今はあの時と比べて気持ちが落ち着いている。右も左も分からなかったあの頃とは明らかに違う。
「あー、ここだな」
初日、不安の中で泊まった児童公園に立ち寄る。おそらく今なら泊まらないような場所だ。なんでこんなところを選んだろう。今ならそう思えるが、その時はここしかない、きっとそう思ったのだろう。もしかしたら、それが一ヶ月走った成長の証と言えるのかもしれない。証というにはえらくチンケな証だけど。

苫小牧市役所に到着。この近くに入浴施設、泊まれそうな公園、コインランドリーがないか、と訊くと、駅中に観光案内所があるからそこで訊くといい、と職員に言われる。
観光案内所でそれらの場所を確認し終える。ドラッグストアで買い物をしていると、いつもは鳴らないはずのケータイが鳴った。液晶画面を見ると、見覚えのある名前が表示されていた。大学院生さんだ。珍しい、というかはじめてだ。なにやら胸騒ぎがしてくる。不安を断ち切るかのようにすぐに通話ボタンを押す。
「パンク四回しちゃったんですけど、直らないんですよぉ」これ以上ないくらい弱々しい声がケータイの向こう側から聞こえてきた。
え?パンク?しかも四回も?マジですか。それも直らないって。
うーん、四回もパンクするってことはどういうことだ?もしかしてチューブがダメというよりもタイヤになにか刺さったままなのかもしれん。
今、どこ?と訊くと、「苫小牧まで後三十キロくらいのところ」という答えが返ってきた。早速、地図を取り出し確認。えーと、三十キロっていうことは・・・・・・わたしが寄った東港ターミナル辺りか。
あーあ、ツイてない。またなんであんなとこでパンクしちゃったんだろう。思わずため息が漏れる。
というのも、あそこは十キロ以上にわたってお店や民家はおろか自動販売機すらなく、道路自体は広いが両側には延々とたくさんの木が生い茂り、夜に通れば間違いなく幽霊の一つでも出てしまいそうなおどろおどろしい場所なのだ(そもそも昼間通っても心細い)。
ということはもちろん、家のドアを叩いて、「すみません、ちょっと助けて下さい」なんて言うこともできない。だって、その訪ねる家がないんだもん。
そんなことを頭の中で考えていると、「自転車を押して歩いていきますよ」相変わらずの弱々しい声がわたしの耳に届いた。
なに?押して歩いてくる?三十キロもある道のりを?おいおい、マジかよ。歩くっていってもけっこうな距離だぜ。いったい何時間かかるんだ?仮に時速五キロで歩くとなると、三十÷五=六。つまり六時間はかかる計算。ちなみに今の時刻は三時半。とすると着くのは夜の九時半か。
ふーっ、参ったなー。そんな時間まで待たなあかんのかよ。とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないし。
「今からそっちに向かうわ」電話の向こう側にいる大学院生さんに告げ、ケータイを切る。
わたしが行ったところで直るかどうかはわからない。でも、行かないよりはマシだろう。ひょっとしたら、なにかできることがあるかもしれないし。
来た道を引き返す。しばらくするとケータイが鳴った。もちろん、かけてきたのは大学院生さん。自転車を路肩の端に寄せ、ケータイに出る。どうやらパンクが直ったのでこちらへ向かうとのこと。ホッ、よかった。これで一安心だ。来た道を戻る。しばらくすると再びケータイが鳴る。嫌な予感。出てみると、大学院生さん。なんとまたパンクしちゃったようです。あちゃー。しょうがない、戻りますか。再び引き返す。しばらくするとまたケータイが鳴った。おーい、今度はどうしたー。少しいらつきながら通話ボタンを押す。
「通りかかった車が拾ってくれて、今、イオンにある自転車屋さんに向かっています」安堵をまとった声が聞こえてきた。
早速、地図を取り出してイオンの場所を確認。
残念。今走っているのと逆方向。おーい、また戻らなきゃいかんじゃないかーい。それも、ここからだとそこそこ距離がある。
もう勘弁してくれよー。さっきから同じ道を行ったり来たり。いったいおれは何をしているんだ。
とはいえ、ここで行かなかったら今まで苦労した意味がない。急いでイオンへ向かう。着いてびっくり。小さい子供なら「迷子確定」のような大きなショッピングモールだったのだ。
うわー。ここから自転車屋を探さないといけないわけか。って、どこにあるんだ、それは?まずはイオン内の地図を探し出さんとな。
おー、あった、あった。大きな入り口の横にそれはあった。えーと、自転車屋、自転車屋、どこだ?
ツイてねー。なんと自転車屋は一番端にあった。今、わたしがいるのがその反対側の一番端。つまり自転車屋に行くためには端から端からまで移動しなきゃならない。その距離ざっと見ても百メートルはある。
くーっ、よりによって一番端にあるとは。もっと気を利かせてせめて真ん中にあれよ、自転車屋よー。
ブツクサ文句を言いながら、なんとか自転車屋に到着。えーと、大学院生さんは?素早く店内をチェック。あれ?いねえぞ。店の中には店員一名と、親子連れが一組いるだけだった。
おいおい、どういうわけ?ようやく会えると思ったのにー。もー、なにやってんだよ。どこなんだよー。
ここは、直接本人に訊いた方がいいと判断。大学院生さんに電話をかけて、本当に自転車屋にいるのか訊いてみることに。いや、別に疑っているわけじゃないんだけど、こんだけあちこち振り回されると人間不信になるんです。
あまりの苛立ちにケータイを持つ手も若干震える。しかし、ケータイの向こうから聞こえてきたのは「お客様のおかけになった電話は現在電波の届かないところか、電源が入っておりません」という人工音声だった。
今度はそうきたか。まったくもー。どうなっているんだよ、これ。
仕方ないので、しばらく待ってかけ直す。すると三コールあってつながった。
「えー、自転車屋にいますよ」ややのんびりした声がわたしの耳に届いた。
「うっそ!だっておれ、今自転車屋にいるよ」
「えーと、ここどこだろう・・・・・・スポーツオーソリティーってとこみたいです」
思いもよらなかった。自転車屋がもう一軒あるなんて。どうも彼はスポーツオーソリティーの自転車コーナーにいるらしい。
早速、地図でその場所を探す。するとなんと一番端、つまりわたしが最初にいたところにそれはあった。
くそーっ。ツイてなさすぎだろう、これ。また戻るのかよ。まるで百メートル走れと言われて走ったら、「実は後百メートルあるんだよ」、そう言われた気分。
結局、イオンの建物をぐるりと一周する形に。一体全体、なにやってんだよ、おれは。自分でもわけがわからくなってきた。
スポーツオーソリティーに到着。やや駆け足で中に入る。店員に自転車コーナーの場所を訊き、そちらへ向かう。
おー、いたいた、大学院生さん。そして、その横には初めて見る男性の姿も。
あー、きっとこの人か、助けてくれたのは。いやー、ありがとうございます。男性は苫小牧在住のSさんといい、自分でもロードバイクに乗っているとのこと。
それにしても、パンク修理しても直らないってことはやはりタイヤにガラスの破片かなんかが刺さっているということなんだろうね。店員さんもそう判断したらしく、結局タイヤごと交換することになった。

しばらくタイヤ交換の様子を眺めていると、「修理まで時間がかかりそうだし、待っている間、メシでも食べに行こう」Sさんが食事に誘ってくれた。
おー、グッドアイディア!いいですね。ちょうどお腹も空いていることだし。そんじゃあ行きますか。
三人でSさんの車に乗り込む。国道をしばらく走り、車は住宅街へと入っていく。おお、なんか知る人ぞ知るっていう感じですね。思わず期待に胸が膨らむ。
住宅街に入ってすぐ、Sさんオススメの中華屋に到着。Sさんに続いて中に入ると、店内はほどよく混んでいた。座敷に上がり、メニューを見る。Sさんは回鍋肉、大学院生さんはSさんオススメのあんかけ焼きそば、そしてわたしは中華といえばこれでしょと、好物の麻婆豆腐をそれぞれ注文。ほどなくして、店のおばさんが料理を運んできた。
わーお。見てびっくり。大皿にこれでもかと言わんばかりに盛られていたのだ。その量の多さに思わず圧倒される。それにしてもおいしそう。見ているだけで涎がこぼれてきそうだ。逸る気持ちを抑え、早速、一口いただいてみることに。
おお!うめぇー。うめぇじゃん。具が分離せずうまく絡み合い、見事な一体感を生み出している。こりゃ、うまいわ。食がすすむ、すすむくん。これで七百円はかなりお得でしょう。
さて、会計の段。Sさんから誘ってくれたということはもしかして・・・・・・そう、予想的中。なんとご馳走していただきました!いやー、ありがたいッス。
その後、Sさんのアパートに行き、シャワーを浴びさせていただく。ありがとうございます。おかげでスッキリです。
「じゃあ、飲みに行こうか」当然、次は飲みでしょ、そう言わんばかりの顔でSさんが言った。
え?マジですか?ウォー。なんという展開。
そうですね、わたしはもう走る必要ないですし。今日はいくら酔っ払おうが無問題。こうなったら勢いで行っちゃいます?いやー、行っちゃいましょう!
再び三人、Sさんの車に乗り込み、苫小牧の飲み屋街へ。もちろんわたしは初めてだが、Sさんは以前にも来たことがあるらしくスナックのママさんらしき女性と楽しそうに話をしている。
・・・・・・え?飲みって、もしかして女の子がいるお店?居酒屋とかじゃなくて?
おー、マジですか!これまた思わぬ展開。
いやー、でも緊張しますなあ。実はわたし、まったくといっていいほど女性がつくようなお店に行ったことがないんですよ。というか、今日で人生二回目という。それももう一回というのが何の因果が知らんが、これまた北海道という。なんなんでしょう、これ。北海道に来たらこういうお店にいかなければならないという見えざる力でも働いているんでしょうか。
Sさんに続き、一軒のスナックに入る。ドキドキするなー。ワクワクするなー。
すぐにお店の綺麗どころ二人が、わたしたちの席にやってきた。
必要以上に肌を露出した服。思わず目の遣り場に困る。顔が火照っているのが自分でもよくわかる。わたし、完全に舞い上がっております。
えーと、いったい何をしゃべったらいいのか。こういう場所に慣れていないもんで、まったく会話の糸口がつかめない。思わずモジモジ。うーん、こういう時はどんな感じで話せばいいのだ?まったくもって困ってしまった。とはいえ、こんなところに来て自分を飾っていても仕方ない。というか、楽しめないしなあ・・・。
えーい、もういい。開き直ったれ!せっかく来たんだから楽しまなきゃ損でしょ。
女の子二人のうち、ちょっと小悪魔的な雰囲気を漂わせたなつみちゃんに狙いを定め、集中攻撃。くだらないことを言って笑わせにかかる。なつみちゃんもすっかり笑顔。あはは。わたしの話、面白いですか。まあ、半分くらいは営業スマイルなんでしょうけど。
その後、写メを撮ったり、胸に手を当てられ、しまいには乳首まで触られたり。ウォー。いいんですか、こんなことまでしてもらって。
いやー、楽しい、楽しすぎます。まさに桃源郷。地上のパラダイスってこんなところにあったんですね。今日はじめて知りました。
結局、Sさんが「そろそろ帰るよ」と声をかけるまで話は盛り上がった。
そして会計。やはりというか、そのつもりだったというか、ここでもSさんのおごり。おお!なんて太っ腹な方なんでしょうか。もう、わたしの理解の範疇を超えております。
その後、ラーメンもご馳走してもらう。Sさんのアパートに戻ると、時刻は午前二時を回っていた。
えー、もう二時なんですか。やっぱり楽しい時間ってあっという間に過ぎるんですね。それにしても二時なら、ちょうど後二時間後には起きていますね、いつもなら。でも、もう関係ないんだもんね。北海道一周したんだもんね。そう、もう走らなくてもいいのです。
そう考えると、どこかわたし自身、一周しなければという思いに縛られていたのかもしれない。今は、達成感というより、どちらかと言えば解放感の方が強いのです。
「鍵渡しておくから、明日はいつ出て行っても構わないよ」全然眠くないのか、Sさんは最初会った時と変わらない爽やかな顔でわたしたちに言った。
すごい、すご過ぎます。いつでもいいなんて。なんて気遣いの出来る人なんでしょう。それに比べてわたしといったら・・・・・・。まったく穴があったら入っていたいとはこのことです。




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